27.ベネツィア国際映画祭にぶつかる
列車が鉄橋を渡る。私たちは海の上を走っている。
ベネツィアの駅から外に出ると、もう水際だった。カナル・グランデ(大運河)が直々にお出迎えである。
それにしても、すごい人ごみだ。この混雑ぶり、ただごとではない。今までも、世界のあちこちで大勢の観光客に出くわしてきたが、それとこれとはレベルが違う。
それもそのはず、ベネツィアでは、世界の3大映画祭の一つ、ベネツィア国際映画祭が開催真っ最中だったのだ。ここでミーハー精神がムクムクと顔をもたげる。・・・ねぇ、誰か有名人に会えるんじゃない?!
国際映画祭のせいもあるが、何よりもベネツィアという街はイタリアで、いや世界でもトップを争う観光地なのである。「世界で最も美しい街」と評する人も少なくないほど、この街は全体が美しさにあふれている。カナル・グランデを船で渡りながら眺める美しい建物もいいが、名前もついているかどうか分からないような狭い路地にふと入ると、可愛い小さな橋が水路をまたいでいるのも趣があって、実に絵になる。またゴンドラも健在で、少しリッチな人たちは優雅に船に揺られている。日本人の新婚旅行の一番人気はイタリアだそうだが、その中でもダントツなのがこのベネツィアという。
でも、やはり気になる映画祭。よくベネツィア国際映画祭で受賞しましたという文句が宣伝に使われているけど、「映画の祭り」って一体どうなっているの?イメージだと、ギンギラに着飾った俳優たちが集まり、派手なパーティーが行われていてそういう人たちがわいわい映画を観る祭り、という感じだけど。そこで、行ってみました!有名人に会えるかもしれないしね!
ベネツィア映画祭というのは、毎回ベネツィアのリド島という島で行われている。そこまでは、ベネツィアの中心から船で約50分。私たちは期待に胸を膨らませて、リド島に向かった。リド島の桟橋から更に歩くこと20分、そこが会場となっている。
だが、私たちは会場への道の途中にある高級ホテルの玄関に、人だかりを見つけた!!これは、早速有名人に遭遇か?!ドキドキしながらかけよる二人、しかしその人だかりは有名人を待っている、いわば「出待ち」の人々だった。そこにいた人に、誰がいるのかと聞いてみると、「羊たちの沈黙」「ハンニバル」そして今回の「レッドドラゴン」で有名なアンソニー・ホプキンズがもうすぐ出てくるというではないか!そこで出待ちをしなければここに来た意味がない、ということで私たちは図々しく玄関のすぐ前に陣取り、カメラを構えた。
――そして30分が過ぎた。まだ彼は出てこない。でも、「折角ここまで頑張ったんだから」、と自分たちを励ましホテルのロビーをじっと見つめる。しかし、この「折角」が命取りになるのを、その時誰が知り得ようか。
――そして1時間が過ぎた。もうそろそろ疲れてきたし、夕方に近づいてきて海からの風が冷たく感じられてきた。玄関前に健気に立つ二人は、無言である。膨らんでいた期待は、今は半分くらいに萎んできている。周りにいる出待ちの人々は未だ諦めきれずに、今か今かとそわそわしていた。でもあともう少し待てば、あのアンソニー・ホプキンズが現れて、サービスに何か面白いパフォーマンスをしてくれるかもしれない。それまでの辛抱だ。「折角」ここまで頑張ったのだ!
――そして、2時間が過ぎた…。ガードマンが玄関に現れ「彼は今、飯を食っているところで、いつ来るかわからないよ」と群集に向かってニヤニヤしながら言った。一目見ようと、みんなが海風に吹かれながら立って待っているというのに、彼は呑気に食事をしていたのだった。「折角」という言葉にしがみついていた私たち、「もう行こうか…。」とどちらが言ったかは覚えていないが、後ろ髪を引かれる思いでホテルを後にしたのだった。もう出待ちなんてうんざり。
さて、無駄な2時間を過ごしたなんて考えると癪なので、二人とも早足で映画祭会場に向かった。しかし、映画祭というものに行くのは初めて。何がどう“祭り状態”になっているのか。しばらく歩いたけど一向に会場にたどり着かない。いや、そもそも「映画祭の会場」というのはどういうものなのかも分からなかったが。さっきの出待ちのせいで、体力も気力も無くなってきているし、歩くほどに人通りが段々とまばらになってきて更に不安が募る。
そして、もう引き返そうかと思っていた頃、突然人通りが多くなってきた。会場が近づいてきたのだ。祭りだ、祭りというからには映画でもなんでも、祭りらしく賑やかで派手でなければいけない!そんなことを勝手に想像していたが、「会場」と思われる(というのも、その先はまた人がまばらになっていたので、そこが「会場」と断定した)その場所へ来て、「ハテ、祭りは?」と首をかしげた。
そこには、高校の体育館のような建物があり、その周りには出品映画のPR用看板と、上映スケジュールを書いた看板がいくつか立ててあるだけだった。何よりもいけないのは、映画の切符売り場だった。建物の横に、貧相な仮設テントが置いてありそこに並んで観たい映画の切符を買い求めるのである。映画館にも色々あるけど、そこまで見てくれの悪い切符売り場は見たことがなかった。
確かに人は多く、首から札(通行許可証?)を下げている業界関係者らしき人もちらほら見えた。しかし、それまで持っていた「派手」「賑やか」というイメージとは程遠いその雰囲気に少なからずショックを覚えた。もしかしたら、私たちが来たタイミングが悪かったのであって、別の日だったら俳優が多数現れて群集の歓声とフラッシュの海に飲まれる、そんな「祭り」に出会えたのかもしれない。しかし、今目の前に広がる光景はあまりに普通の当たり前のものだった。
結局、映画祭というのは映画を品評する場であって、映画好きの人々が映画を評価しに来る場なのだった。映画「祭」なんていうワクワクするような名前はつけないで、「映画品評会」とでもすればいいのに、と勝手にプリプリして会場を後にしたのだった。
――そういえば「東宝映画祭り」、あれも単に、“ちびっ子向け映画特別集中上映期間”てな意味だったよね…。

ホテルの玄関で出待ちをする人々。待ち人は来たらず、疲れ果てることになる。