24.ミラノで晩餐
スイス国境を越えた列車は、クレヨンの水色をそのまま溶かしたような、コモ湖の水際に沿って走っていたかと思うと、じきに内陸へと進路を変えた。だんだんと家が並び、ビルが建ち、車が増える。列車のスピードが徐々に落ち、ついにガタンという衝撃と共に完全に停車した。北部イタリア最大の都市、ミラノの中央駅に到着したのだ。
8月20日、午後3時過ぎ。異常なまでの猛暑が続く今年のヨーロッパ、太陽は空の中心ででかい面をしている。ジリジリと肌の焼ける音まで聞こえそうだ。標高の高い、したがって涼しいスイスから出国したことを、今更ながらちょっぴり後悔してみる。ああ、また今日から汗だくの昼間と寝苦しい夜が始まるのか…!
ミラノは、人口ではローマに次ぐものの、経済面ではイタリア第一の都市としてこの国を引っ張っている存在である。ファッション業界でミラノ・コレクションといえば世界的に有名だ。
イタリア半島はお財布事情が北高南低だ。実際、ローマ・コレクションやフィレンツェ・コレクションもあるのだが、あまりピンと来ない。イタリア南部は、停滞したままの経済と落ち込む一方の失業率に、解決のめどさえ立たない。北部の頑張りで何とか国全体の体裁を保っている感がする。――イタリアがG7=“主要”7カ国の一員だって、知っていましたか?t
そんなミラノである。正直なところ、私たちはあまり期待もしていなかった。
ブランドショップをはしごする趣味のある方には、パリと並んで憧れの地かもしれないが、裕子はそちらの方向に全然興味が向かない。右にはプラダ、左にはグッチ、その先にはベルサーチ、なんて通りを冷やかしで歩いてみたものの、「ちょっと入ってみない?」と度胸試しを持ちかけるのはむしろ毅のほうで、裕子は「こんな格好(=ジーンズにフリース)で?!え〜止めようよ〜」と袖を引っ張る役目だった。何と美しき夫婦愛?!――でも結局ちゃっかりグッチに入ってきました。ええ、店員にはぎっちりにらまれましたが…。
おまけに、お天気と観光名所にはつくづく恵まれないのが2人の常。ミラノの名所の一つ、ドゥオーモ(大聖堂)が修復中であった。しかも、素晴らしい彫刻で有名な、まさにその正面部だけが!そして、ミラノの誇るスカラ座も修復中。ついてないったらない。念のため、スカラ座前ではマリア・カラスの真似をしておいたが、ドゥオーモ前の広場では、インチキなおやじにハトの餌を無理やり買わされそうになって、あわてて逃げてきた始末。ガックリ。
それでも一応押さえるところは押さえるのが、ミーハー旅行者のお約束というもの。ここミラノには、教科書にも載っている、あの『最後の晩餐(ばんさん)』がある。ルネサンスの万能の天才レオナルド・ダ・ビンチの手によるこのフレスコ画は、ミラノのサンタ・マリア・デレ・グラーツィエ教会の隣にある修道院の食堂の壁に描かれたものだ。これぞ、ザ・必見でしょ!
直接電話をしたところ(「地球の歩き方」では“少なくとも1ヶ月前には予約を入れておくこと!”などと相変わらず大げさだが、そんなことはありませんでした)翌日の4時半から見学できることになった。期待に胸膨らませる2人である。
見学は1回につき20人程度のグループで、時間は15分、もちろん写真撮影一切禁止。肝心の部屋に入る前に、小部屋に通され、また次の小部屋へ通される。厳重な管理体制に、否が応にも緊張感が高まる面々である。
空調の効いた室内に、恐る恐る入る。かつての食堂は、思ったより天井が高く、余計にがらんとして見える。壁の絵以外何もない、というのも奇妙なものだとふと思う。お目当ての壁画は入り口向かって右手、長方形の部屋の向かい合う短い壁面の一方にあった。ちなみに反対側の壁面にも、違う絵師による地味目な宗教画が描いてある。正面の絵に見飽きたら、後ろを振り向いて、やっぱり正面を見直す、という仕組み(?)。
見た瞬間、さすがに圧倒された。壁一面に描かれているので、想像以上に大きく迫力がある。確かに、本物だけが持つ力ってあるんだなと思う。ただ、絵に関して2人ともド素人なので「教科書と同じだ!」という変な感動がまず先にたってしまう。この画家は、絵の構図に、見る人の位置や窓から差し込む光など、あらゆることを計算に入れていたらしい。ということを誰もが知っているので、まるでパズルでも解くかのように皆してうろうろと近くからまた遠くから鑑賞している。
「ハイ15分です退出してください」と係員の容赦ない声ががらんどうの食堂に響いて、“天才”の崇拝者たちは皆追い出された。私たちは受付で日本語のオーディオガイドを借りたのだが、解説が15分以内に聴き終わらなかった。話が長すぎる。それでも、部屋を追い出されてからも最後まで聴き通したのだから、よほど熱心である。あまり絵画が得意ではない毅も、今回は満足そうな顔をしていた。
さて、丸3日間の滞在中、初日だけで観光をさっさと終わらせてしまった私たちだが、ミラノを離れたくない!と心底思わせた出来事があった。それこそ、“8ユーロの店”アルバとの出会いである。
「毅の食い倒れ!」でも大絶賛のこの店だが、そもそもの出会いは、ミラノ駅のツーリストインフォメーションで教えてもらったことによる。きついイタリア訛りの英語で、おじさんが自信満々に太鼓判を押してくれた。彼の舌と目の確かさには間違いがなかった。
そして、アルバを知った私たちは、自分たちも足しげく通いつめるだけでは飽きたらず、宿や街で知り合った日本人全員に触れ回ってしまった。まるでこの店の広告塔である。いや、「美味いもん伝道師」か。
教訓。イタリアで美味しいものを食べたければ、土地の人に聞け。彼らはまず確実に、自分のご贔屓の店を持っている。家の近所はここ、勤め先でランチするならここ。そして、そうやって推薦された店は、(ここがすごいところなのだが、)100%はずれがない。例外なく、安くて美味い。
イタリアに行ったら一度お試しあれ!イタリア人はあまり英語が上手くないが、そこは度胸と“美味いもん食べたい”精神で乗り切って、ぜひとも最高のイタリアの味を満喫していただきたいものである。

スカラ座で朗々と歌う毅。かくしてスカラ座デヴューの夢を果たしたのであった…。