23.選ばれし者たちの山なのだ
グリンデルバルトを後にし、私たちはツェルマットという町へ移動した。お目当ては、かの有名な“マッターホルン”である。
名前を聞いたことがなくても、姿は誰もが一度は見たことがあるはず。スイスアルプスを代表するこの名峰は、氷河にえぐられた山頂部が鋭い錐(きり)のようにとんがった、一種独特な形をしている。ホルン=角(尖峰)という命名となったのはそのため。周りの峰とは連ならずに独りそびえる様から、孤高の巨人ともあだ名される。とにかく、一度見たら忘れられない、不思議な力を持った山だ。
マッターホルンの麓からはマッター渓谷が延びている。ツェルマットは渓谷の一番奥にある町で、鉄道の終点にあたり、ここ以降は車の乗り入れができない。この小さな山間の町は、ただマッターホルンへの玄関口であるというだけの理由で、世界中の登山家たちにとっては伝説の地となってきた。そして多くの観光客にとっては、魅力的な避暑地&ウィンタースポーツのメッカとしても名を馳せている。
説明はこのくらいにして、登山愛好家ではないけれど山好き人間・山田 毅として、マッターホルンを避けて通れるはずもない。この旅行のために新調した(アフリカで盗まれた方のデジカメは以前に買っていたもの)、光学ズーム10倍・デジタルズーム3倍=計30倍の最新式デジタルカメラを右手に、取扱説明書を左手に?!ツェルマット行きの登山鉄道の車内でさっそく試し撮りに精を出していた。
駅からホテルまで、ツェルマットの中心街を歩く。土産物屋や登山用品店、カフェやバーにブランドショップ、と意外ににぎやかだ。狭い通りの両側には総木造りの建物が覆いふさがって、昼間でも肌にひやりと来る。濃いこげ茶の家の窓辺には、赤や黄のベゴニアがとりどりに色彩をふりまいている。足元だけ登山靴の観光客の横を、重装備の登山家が杖代わりのピッケルをコツコツとアスファルトに刻みつけてすれ違う。時折観光客目当ての馬車が、シャラシャラと涼やかな鈴の音を響かせながら通り過ぎていく。アイスクリーム屋がウェハースを焼く香ばしい匂いが漂う。見上げると、赤字に白い十字のスイス国旗が青空を背景にはためいている。空気が美味しい。
そのまま歩くと、教会の前が広場になっていて、視界が急に開けた。待ちに待ったマッターホルンとついにご対面である。あいにく山頂付近は雲に包まれていたが、この目で初めて見るその雄姿に、すっかり感動してしまった。「わー」「すごーい」これくらいしかボキャブラリーがない。かなり距離があるにもかかわらず、目の前にそびえ立っているかのように感じる。圧倒的な重量感だ。この時すでに午後を回っていたため、それ以上雲が晴れる可能性は低そうだった。明日天気になることを祈る2人であった。
ツェルマットのユースホステルは“改装工事中”とのことで泊まれず、バックパッカー御用達の安宿に落ち着いた。ひとまず荷物を置いてから、両替とスーパーで買出しするついでに町の散策へと繰り出した。
私たちは、ネズミ除け集落の跡地を訪れた。日本でも弥生時代の高床式倉庫などにある、あれである。スイスの住宅は多くが木造だが、ベニヤ板くらいの薄さにはがれる性質を持つ石が、ネズミ除けとして利用されていた(この石材はまた屋根瓦にも使われている)。ツェルマットには、現在は棄てられて無人の集落となった一画が保存して残されていた。
山の名所で山以外を見に来る物好きは他にもいるかな、と思って来たら、誰もいなかった。人っ子一人、ネズミ一匹見当たらない。通りの喧騒もここまで届かず、しんとした石畳に2人の足音だけが響く。湿った風に吹き上げられた綿ぼこりが、弱々しい太陽の光線の中でちらちらと舞っている。世界に私たちだけしか生き残っていないような錯覚に陥る――。向こうの角から他の観光客が現れて、ようやくほっとした。こんなに寂しい風景には、あまり長居するものではない。
町の共同墓地も見に行った。といっても、ここはマッターホルンのお膝元、墓地には魔の山で命を落とした登山家たちも眠っている。墓標にピッケルの絵が刻まれていたり、そもそも墓石がマッターホルンの峰の形をしていたり、失礼ながら他人のお墓を見るのも面白いものだ。出身国は様々だが、出生年と死亡年から計算してみると20代が多い。若気の至り、と言っていいものなのか。それなりの経験を積み絶対の自信があって登るのだろうに、それでも命を落としてしまう。これが大自然の脅威なのだろう。
翌日、ツェルマット周辺は朝から暗い雲が立ち込める嫌な天気。もちろんマッターホルンも裾野までどっぷりと雲の中。ついには雨まで降り出す始末で、これでは何もできない。仕方がないので、明日の天候に期待し、終日のんびりすることにした。
私たちと同じ部屋に、カナダ人が1人で泊まっていた。彼の身なりや持ち物がいかにも登山家なので、話しかけてみた。確かに、マッターホルンに登るつもりだと言う。彼は身長も2m近く、がっしりとしていて、私たちフツーの観光客とは明らかに一線を画している。きっと相当のトレーニングを積んできたのだろう。
「そんなことはないよ、夏場ならある程度の経験さえあれば、ガイド同伴で誰でも登れる。冬こそ“特別”と呼ぶにふさわしい人たちしか登れないけれどね」
彼はそう言っていたが、いくら簡単と言っても所詮は4000m級の高山、私たちにはどうあがいても登れそうにない。あなたもまた“特別な人たち”の一員だと思う。そう言うと、山男は少し照れて、ありがとう、と答えた。
次の朝、いつもは寝坊スケの毅が珍しく朝早くゴソゴソしていたと思ったら、「早く早く、ちょっと外においでよ」とまだ寝ていた裕子を揺り起こした。眠い目をこすりつつ、寝巻きのままでサンダルをつっかける。「ほら!すごいでしょ」得意顔の毅が指さした先には、朝焼けに染まるマッターホルンがいた。
細く切り立った先端が首をかしげたように曲がっていて、孤高というより可愛らしい印象でもある。雪や氷河が朝日を反射して、キラキラ、オレンジ色のセロファンを貼り付けたみたい。
吐く息が白い。夏場でも朝方は相当冷え込むらしい。でも、憧れの山に向かっていつまでもシャッターを切り続ける毅には、ちっとも気にならないのであった。
その日は一日中晴れて、雲もなく、絶好のハイキング日和となった。私たちはケーブルカーを乗り継いで展望台まで昇り、帰り道は歩いて下りることにした。頂上の展望台からツェルマットの町までは高低差で1000m、実際歩く距離は10km近いが、初心者コースなので気軽に挑戦した。山に選ばれるはずもないただの一般観光客ではあるが、山好き人間・山田 毅(と裕子)としては気分だけでも登山家を味わいたいのだ。
でも3000m級の山道はさすがにきつい。最初のうちは毅の鼻歌も絶好調、裕子も綺麗な石を拾ったり“エーデルワイス”探しに夢中だったが、――なにせ空気が薄い。ちょっとはしゃいだらすぐ動悸息切れが…。すぐに山を下りたくなる。でももう後には戻れない。そして先はまだまだ長い…。頑張れ毅!負けるな裕子!!
途中に幾つかある氷河湖のほとりでお昼休憩を取った。正面から望むマッターホルンは、周りの峰峰とは少し離れたところで実に悠々として見える。ぐるり見渡せば、空はどこまでも青く、雪は強い日差しを受けてまぶしく白く輝く。岩は下に行くにつれてガレキになり、森林限界を過ぎるともみの木が灰色の山肌を緑に覆いつくす。澄み渡った湖面は鏡になって、山頂に旗雲をなびかせたマッターホルンのとんがり帽子を逆さに映し出している。これこそスイス。さっきまでの疲れや不平不満もどこかに吹き飛んでいく。くっきりと鮮やかな景色を心に焼きつけるように、一歩また一歩とゆっくり山道を下りていった。
大満足のうちに幕を閉じた、ツェルマットでの3日間。その後2人が筋肉痛になったことは言うまでもない。運動不足かな…?

この山で多くの若者が命を落としている。美しくも恐ろしいマッターホルン。