31.プリンスエドワード島は夢の島
この夏の北米先行旅行に関して、毅の情熱は、ロッキーにほとんど全ての照準を合わせて注がれていた。だがしかし、その夢がかくも無残に打ち破られてしまった結果、傷心の毅には、荒れ果てた心と体を包んで癒してくれる場所が必要だった。そして毅は次なる目的地、プリンスエドワード島へ、一路センチメンタル・ジャーニーへと旅立ったのだった!
プリンスエドワード島、と聞いてすぐ「うわ〜いいなー」と思う方は、おそらく90%以上の確立で、女性である。逆に、男性陣は何のことやらさっぱり?かもしれない。
アヴォンリー…グリーン・ゲーブルズ…マシューとマリラ、とくれば、そうここは「赤毛のアン」の舞台となった島なのである。
ある程度読書をする、ごく一般的な日本人の女の子なら、大抵一回は「赤毛のアン」を読んでいるはずだ。裕子も、曲がりなりにも女の子なので、子供の頃に読んでいる。珍しいのは毅のほうである。毅も、曲がりなりにも男の子なのだが、「赤毛のアン」を読んでいた。しかも実は、アンシリーズを全巻読破するほどの隠れファンだったのだ。
アンの世界に一度でも足を踏み入れたことのある方なら、「グリーン・ゲーブルズ(緑の切り妻屋根)のような家に住んでみたい!アンの食べるようなお菓子を食べて、アンの着ているような服を着て、アンのような友達が欲しい!」と憧れ夢見てやまなかった裕子に同感してくれるはずである。毅はもっぱら食べ物の描写の部分で感情移入したらしいが。
とにかく、赤毛でやせっぽちで生き生きとした想像力を持つアンという女の子は、古今東西老若男女の壁を越えて、多くの人々の心をキュンッとわしづかみにする魔法の力を持っているのだ。
そんなわけで、何と何と、プリンスエドワード島に行こう、と言い出したのは、実は裕子ではなく毅だったのである。もちろん裕子も二つ返事でOK!で、気分はすっかりアン?とギルバート??の二人なのだった。
カルガリーからトロントを経由し、プリンスエドワード島のシャーロットタウンの空港に降り立つ。「ようこそプリンスエドワード島へ」と書かれた看板の前で、早速記念撮影の順番待ちができていた。英語とフランス語2つの言語で書かれているところが、カナダ東部らしい。それにしても小さな空港だ。定員50人程度の小型機が1機到着しただけで、空港ターミナル(といっても平屋建ての事務所風)は満員御礼になってしまう。
荷物がコンベアーに乗るまでの間、他の旅行者たちを観察してみる。たくさんのお土産を抱えた帰省組、リタイア後らしき白人老夫婦、そして日本人の姿もちらほら。新婚旅行なんですぅー、というカップルが2組もいて、いやーうちらは新婚じゃないんですけどねー、と説明しつつ、「そっかその手(どんな手?)があったか!」と内心チッと舌打ちをする私たちなのである。
予約していたホテル、というよりもペンションは、小ぢんまりとしているが、部屋の内装がいかにもロマンチックで可愛らしい。小花柄やチェックの壁紙やベッドカバー、白い枠木の窓には真っ白なレースカーテン、カントリースタイルの家具。イギリスはペンザンスのB&B以来、久々の乙女チック路線に裕子大喜びである。
島内観光は翌日ということにして、その日の夜は赤毛のアンのミュージカルを観にいった。
アンの物語は何回か映画化もされているが、ミュージカル版は地元シャーロットタウンで毎年夏に定期上演され大人気だ。会場となっている市民ホールの一角がちょっとした展示コーナーになっていて、物語の紹介や作者モンゴメリの直筆原稿、ミュージカル版についてなど、展示物が並んでいた。
その説明文が、英語とフランス語とさらに日本語の3ヶ国語で書かれていたのには驚いた。日本からもアン・ファン(変な言葉)たちが大勢この島へ巡礼に訪れるのだろう。日本へも公演に訪れたことがあるらしく、襟元に「アン」と染め抜かれた法被(はっぴ)までケースの中に収められている。
ミュージカルは、素晴らしい出来映えだった。
ミュージカルなんて馴染みがないし、全編英語だし、そもそも観る前に本を読んで復習していないのでストーリーの細部まで覚えていないし…、本場まで来ておいてそんな状態で観ちゃうなんてケシカラーン!と、熱狂的ファンからいつお叱りを受けるかとビクビクヒヤヒヤしていたのだが、そんなアン・ファンの風上どころか風下にも置かしてもらえそうにない私たちでも120%の大満足だった。
役者さんたちがとにかく芸達者。ダイアナが間違えてお酒を飲んでしまう場面では、本物の酔っ払いより酔っ払いで、会場は大爆笑。マシューの亡くなるシーンでは、あちこちですすり泣きが聞こえた。カーテンコールでは、観客全員がスタンディングオベイションでキャストを迎えた。もちろん二人とも手が痛くなるほど拍手を送った。
幕が引けて、宿までの道を急ぐ。小さな町は、10時過ぎにしてすでに静まり返っている。ほてった頬にしっとりとした夜風が気持ちいい。泣いた泣かなかったと互いに冷やかしつつ、腕を組んで、さっきの歌を口ずさむと、二人の足音が夜空にタップのリズムを刻んだ。
さて、今日は島内観光!と早起きしてみたら、――朝から雨だった…。どこへ行こうとも頭上に雨雲を従えているのか?毅と裕子。干ばつ地域に行ったら、きっと雨の神として拝まれることだろう。結局、雨が止むのを待っていたら午前中いっぱいかかってしまった。
午後からは奮起して、レンタカーを借り、島の南岸にあるシャーロットタウンから北岸のキャベンディッシュへと一路車を走らせる。
なだらかに続く丘を、道がリボンのようにカーブしながら越えていく。草原と畑と森のパッチワークの中、花に囲まれた民家が時折気まぐれに刺繍されている。そして緑の濃淡にアクセントを付けているのが、真っ赤な道だ。プリンスエドワード島特有の、鉄分を多く含んだ赤土は、初めてこの島に来た日のアンを早速驚かせている。灰色の舗装道路からちょっと寄り道して、畑の中を突き進む赤い土道をガタゴト走っていると、裕子の肩の上にも真っ赤な三つ編みが揺れているような気がした。
グリーン・ゲーブルズ博物館に到着。嬉しくて気持ちが高ぶるあまり、毅はやたらパシャパシャ写真を撮りまくり、裕子は始終キョロキョロ動き回ってしまう。
「赤毛のアン」シリーズの作者ルーシー・モンゴメリは、プリンスエドワード島に生まれ、少女時代をキャベンディッシュの町で送った。この博物館は、アンシリーズにまつわる内容だけでなく、作者モンゴメリや彼女が生きた時代についても展示・保存されている。
博物館内には、マシューとマリラの老兄妹と共にアンが住んだ家「緑の切り妻屋根」をそのままに再現した農家が建っていた。青々とした芝生の庭には色とりどりの花が咲き誇っていて、ここに額縁がないのが不思議なくらい絵になる風景。庭先の白いベンチに腰掛けて家をバックに写真を撮っているカップルなんて、私たち幸せの境地っ!て顔に書いてあってほほえましい。
家の外観ですでにこれだけはしゃいでいるのだから、内部を見たとたんもう鼻血ブーものである。正しくこれぞアンの家!!テーブルの上にはお茶の道具が、暖炉の前の揺り椅子にはひざ掛けと本が、マシューの部屋にはチョッキとステッキが、マリラの部屋にはショールと眼鏡が。そしてアンの部屋には、孤児院から着てきた服とスーツケース、ギルバートを殴って割れた黒板まで。う〜ん実に芸が細かい。今さっきまで使われていたよう、あと少ししたら家人が帰ってきそうなほどのリアリティである。それでこそ世界中のファンが巡礼するに足る聖地というもの。恐るべしグリーン・ゲーブルズ博物館!
家の周囲には、「恋人たちの小路」や「お化けの森」のモデルになった森がうっそうと広がっている。モンゴメリは、物語の構想を練るためにしばしば森を散策したという。うっそうとした木立に囲まれていると、知らず心がしんとしてくる。
博物館のそばにある町の共同墓場には、モンゴメリとその夫の墓がある。いつも花に囲まれているので、遠目からでもすぐ分かる。亡くなってずっと時が経ってからでも、本人が生前会ったこともなかったような多くの人から花をたむけられ続けているなんて、幸せな人だと思う。彼女が愛したこの島の自然は、作品の中で今なおみずみずしく芽吹いている。そして彼女が生み出した登場人物たちは、物語を読んだ世界中の人々の中で永遠に息づいている。
キャベンディッシュから西へと車を走らせる。モンゴメリの血縁関係にあたる女性が、モンゴメリにまつわる博物館を開いているのだ。
博物館は、アンが遠足に行った「輝く湖水」のモデルとなった湖のそばに建っていた。私たちが訪れたとき、太陽は雲の切れ間から今日最後の光を弱々しく投げかけているだけだった。緑の葦が縁取る静かな湖の上を、時折風が渡って水面を揺らしていた。
閉館ぎりぎりに訪れたにも関わらず、オーナーである彼女はとても親切に対応してくれた。物腰の穏やかな上品な人で、この博物館で結婚式を挙げる日本の方々も多いのよ、とにっこり笑って話してくれた。展示物の目玉となっているのがモンゴメリのウェディングドレスで、手の込んだ作りと贅沢なレースの使い方にほうっとため息が出た。結婚式は「絶対にモルディブで!(by毅)」というのもそれはそれで良かったが、もう一度(いつ?!)結婚式をするならここも良いな…と、羨ましくなってしまう裕子であった。
そこから更に車を走らせ、今は使われていない鉄道の駅へと向かう。ここは、作品の冒頭でアンが始めてプリンスエドワード島に降り立った駅のモデルとされている。数時間後には、孤児院からマシューとマリラの家にもらわれた、というのは実は人違いだったという事実を知らされて悲劇のどん底に突き落とされるのだが、その時は何も知らずただ幸せの絶頂にいるアンが、駅のホームで独り迎えを待っている。
ちょうど誰そ彼時で、人気のない駅の構内は風の吹きぬける音しか聞こえない。ホームの隅の石のベンチに腰掛けると、いつもなら満面の笑みでカメラに収まるところが、なぜかしら寂しげな表情に写っていた。
たった3日間だけの滞在だったプリンスエドワード島。だが毅と裕子にとっては本当に充実した、思い出深い日々になった。
道端の野の花、空をゆく雲、鳥のさえずり、髪をなでる風。全てが物語に書かれたそれらで、まるで自分たちが物語のなかに入り込んだように感じられた。見るもの聞くもの全てがアンを想い出させた。全てのものにアンがいるようだった。アンはこの島の自然と一体となって、ここにもそこにもどこにでもいた。子供の頃夢中になって本を読んだ後の、あの心地良い浮遊感が、久々によみがえってきた。私たちはそれに心から酔った。
島を発ったのは早朝だった。しっとりと濃くたちこめた朝もやの中を、セスナのように小さな飛行機が切り裂いていく。飛行機の窓から島が見えた。クリーム色のもやの隙間からかすかにのぞいている、小さな小さな街の灯に、そっとさよならを言った二人であった。

グリーン・ゲーブルズと嬉しそうな毅。よかったね、夢が叶って。