30.リベンジを誓ったロッキー山脈
ナイアガラフォールズを後にした私たちは、毅の友人の住むインディアナ州のインディアナポリスへと向かった。
インディアナポリスという街は、インディアナポリス500マイルレース(略してインディ500。カーレース)が毎年5月に行われること以外、まず脚光を浴びることのないところである。
ただ、世界中を旅行するというそれこそめったにないチャンスを今回の旅行で得たのだから、友人が居るところには必ず行こうと決めていた。それがどんなに辺境の地であっても…。
ただ、インディアナポリスに住む人々の名誉のために一言断っておくが、この街はいわゆる「辺境」には属さない。確かに、見渡す限りにトウモロコシ畑が広がり、車無しでは銀行へも学校へも飲み屋へさえ!も行けない。が、そんな街はアメリカにいくらでもあるのだ。
インディアナポリスという街は、白人が人口のほとんどを占めるらしい。NYでは、日本人の私たちが人種的に浮いている存在だとは、一瞬たりとも意識しなかった。ところが、ここはどこにいっても白人だらけ。
有色人種への差別はなくなったと、多くの人は言うかもしれない。だが、アメリカでさえも、こうやって人種による棲み分けがはっきりとなされている街が未だに存在し、またKKK(クー・クラックス・クラン。アメリカのテロリストの秘密組織。白人の優越性を熱心に説き、黒人やその擁護者だけでなく、「異端者」と独断で決めた人々=ユダヤ人や東洋人、共産主義者などに暴力を振るう集団。白人でプロテスタントの成人男性に参加資格があるという)も未だに存在しているというのだ。まだまだ根は深く、先は長い。
話は前後するが、インディアナポリスに向かう道程でのこと。ナイアガラフォールズから、シカゴまでAMTRAKというアメリカの鉄道でむかうことにした。ところが、その鉄道の遅れることったら!平気で3時間遅れて出発は午前3時。いくら初秋とはいえ、ここはアメリカとカナダの国境。二人とも待合室でがたがた震えながら、ベンチに横になって寝て待っていた。その間、駅の職員は謝罪の一言もなく、ただ3時間遅れるという事実を伝えるのみ。呆れて物も言えなかった。
発展途上国の鉄道が遅れるという話は、日本にいるときからよく聞く。しかしアメリカに限らずヨーロッパでも、日本以外の先進国では、鉄道は平気で1時間以上は遅れるのだ。逆に、日本の鉄道がいかに頑張っているかを、今回の旅行では事あるごとに思い知らされている。やはり日本は素晴らしい!
インディアナポリスでは、友人の手厚い歓迎を受け、週末まるまる2日間もガイドとしてお付き合いいただいた。お陰でなかなか体験できない、「田舎に住むアメリカ人の普通の暮らし」をこの目でじっくりと見ることができ、のんびりとした街の綺麗な風景にも接することができて、実に有意義な時間だった。ありがとう!
さて、そこから飛行機を乗り継いでカナディアン・ロッキーを目指す。
ヨーロッパからわざわざ9時間もかけて大西洋を渡って北米大陸に行くのだ!と毅が提案したのは、まさにこのカナディアン・ロッキーを、しかも夏の間に観ておきたかったからである。いつか写真で見た、エメラルドブルーの湖に映る灰色と緑の山々。あの景色をこの目で見るまでは、死んでも死に切れない!!そんな凄まじいまでの情熱をもって臨んだ毅だったのだ。
インディアナポリスからトロントを経由して、カルガリーに入る。期待に胸を膨らませる二人の乗る飛行機を迎えたのは、カルガリー上空の厚い厚い雲だった…。不安が一気につのる。
カナディアン・ロッキーのあの景色は、青い空が不可欠なのだ。青い空、青い湖、青い山脈、この3役者が揃って初めて、「あの」景色なのだ。その一つでもかけたら、それはカナディアン・ロッキーではない。そこまで言い切ってよかった。
――明日になったら晴れるだろう。そう思うしかなかった。カルガリー市内には、風が強く吹き荒れ、どんよりとした雲が相変わらず空を覆っていたし、更にまだ9月初旬だというのにかなり寒かった。
不安を抱えたまま夜が明けて、毅は朝早く目を覚ました。外の景色が気になって仕方がない。大きな窓のある階段の踊り場へ、まるで合格発表の会場へ行く時のような心境で向かった。そこに広がっていた景色に彼は、「あっ…」と声を失った。それは、曇り空の下に残酷にカルガリーの街を覆う一面の雪だったのだった。強い風が、今でも降り続ける雪を巻き上げていた。9月の初旬に雪が降るものか!まだ現実を受け入れられない毅は、また寝床に戻ろうかと思ったが、この寒さで完全に眠気は覚めてしまった。
飛行機のチケットも予約して、このカルガリーから次の目的地へ向かう日が決定してしまったし、今日を明日に延ばしたら山にいる時間が短くなるだけなので、出発するしかなかった。暗澹たる気持ちのまま、二人はレンタカーを借りてとにもかくにもカルガリーを出た。
それにしても、車の外の景色はいつまでも変わらず白一色。しかし考えようによっては、今日は曇っているけど、もしこれで雪がやんで晴れたらそれはそれで美しい景色になるのではないか、と思ってみたりした。
カルガリーから最初の目的地、バンフまでは車で約4時間。毅は初めて海外で車を運転したので緊張していたが、事故も起こさずにたどり着いた。
今回のカナディアン・ロッキーツアーはまずバンフ、次にルイーズ湖、そしてジャスパーと、カルガリーから次第に北上していくというルートをとった。
バンフもジャスパーもカナダの国立公園に指定されており、雄大な自然と美しい氷河湖、豊富な野生動物で知られている。ルイーズ湖は、数ある国立公園内の湖の中でも最も人気のある湖で、エメラルド色の湖面にビクトリア山の雪を頂いたコントラストが美しい。
つまりは、山と湖、そして野生動物を観に行こうという今回のツアーは、最初から悪天候によって出足をくじかれたのであった。寒々しい曇り空の下、それでも二人は健気に観光を続けていた。その健気さを天も少しは認めてくれたらしく、時折晴れ間ものぞいた。やはり思った通り、雪を頂いた山は太陽に照らされると白く輝き、それは絶景だった。
が、旅の全工程のうち曇っていた日が大部分を占めていたということを認めざるを得ない。特に残念だったのが、ルイーズ湖でも雲が厚く覆っていて、山とのコントラストが拝めなかったことである。やはり、いつかリベンジでもう一度行かなくては死んでも死に切れない!
だが我が愛すべき野生動物は、天候に関わらずしっかりと姿を見せてくれた。そう、大きな角のエルク(ワピチ)や、クルッと巻いた美しい角を持つビッグホーン(オオツノヒツジ)、そしてクルクルと忙しく駆け回るシマリスの登場に、二人は美しい山を見るのと同じくらい興奮した。
そこで、毅のカメラマン精神とデジカメの機能が発揮!ちょっと動物が見えると、最低10枚は写真を撮るという勢いだった。特に、美しい角を持つエルクの雄が道路端に現れると、一斉にそこを通っていた車が路肩に停まり、何十人もの旅行者がその一匹に対してカメラを向けるという有様。しかも、それら旅行者の持っているカメラときたら、巨大なレンズのついた一眼レフで、簡単なデジカメで写真を撮っている毅が、そこにいるのが恥ずかしくなる程。日本に帰ったら絶対に一眼レフを買ってその仲間になるぞ!
それにしても、結局今回のロッキー山脈見学を振り返ってみると野生動物には恵まれたものの、やはり天候に恵まれなかったのが痛かった。しかも、二人が帰る日に限って綺麗に晴れるという屈辱も味わった。やはり、これはもう一度トライしなければ!!

うっとりするほど美しい角を持つエルク。写真の量で考えると、彼は有名な芸能人並に撮られているのでは?